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3月29日
前回に続き、長くて暗い話ですが・・あと少しだけお付き合い下さいね。
今日は、6年前に49歳で亡くなった兄の誕生日です。生きていたら
55歳になっていたのですね・・。そして明日は、70歳で亡くなった母の
79回目の誕生日。私が2歳の頃に慢性関節リウマチを発症した母は
モモのクッシングとも深い関係のある、ステロイドによる長期の治療で
次々に起こる合併症とも闘っていましたが、他にも大腸ポリープ、卵巣膿腫
腎不全、骨髄炎、難聴、潰瘍性大腸炎、原因不明の頭痛、足の麻痺etc・・
人生の半分以上を病気と痛みの中で過ごしました。肩と膝には人工関節
週3回の人工透析、それでも病気は進行し続け、首の手術も必要だし
肩と膝も再度手術を・・、補聴器を使ってもほとんど聞こえなくなった耳
何かを食べようとした途端、必ず襲ってくる激しい頭痛、透析中の数時間
さえ我慢するのが難しい慢性の下痢、ちょっとしたはずみで首を曲げたら
首から下は完全に麻痺する可能性もあり、生きているのが不思議とまで
言われたことのあるそんな状態の母が、もし長生きしたときのためにと
総入れ歯にする決断までして、懸命に「今できること」を探していた姿は、
私が運命や命について考える時、今でも大きな影響を感じます。
やはり亡くなる少し前のこと、母が突然「快適な椅子」が欲しいと言い出し
家具屋を何軒も回り、これなら、という椅子を買いました。ヒーター内臓で
バイブレーター、リクライニング、電話まで肘掛の内部に付いている(笑)
外国製の大きな椅子。ところが、それが家に届く直前に再び入院となり
初めて母がその椅子に座ったのは、入院後の週末に外泊で帰宅した時。
週末ごとの外泊が数回過ぎたところで、その椅子の役目も終わりました。
両親がいなくなって実家の処分をする時に、どうしても手放すことができず
残した唯一の家具がこの椅子でした。歴史も愛着もない、置くにも運ぶにも
大変なこの椅子だけど、母の最後の希望と思いが伝わってくるようで・・
チタンの入れ歯も椅子も、無駄になってしまったとも言えるけれど、半年の
つらい歯科治療やボロボロの身体での椅子探しも、母がかわいそうだったと
思わないことはないけれど、これで良かったのだと今は思っています。
母が望みを捨てることなく、未来を信じて努力し続けた結果ですから・・。
どんな病気でも最後まで希望を捨てるな、とか、あきらめちゃいけない!
ということではなく、現実と向き合い、その時に1番良いと思える選択を
「これがベスト」と心から信じて決断すること、それが大切じゃないかと・・
こうすればよかった、ああすればもしかして・・など、必ず後悔はしますが
どんな決断でも、それがその時の精一杯の結果なら、いつか「良かった」と
必ず思える日が来る、そしてそれも残された者にとっての救いになります。
この家に越してきた時、仏壇と共に、3階の私の部屋に置かれた椅子は
その後1階の夫の部屋に移動し、ほとんど使われることもないまま・・
もう9年になるし、と、先月とうとう処分しようと私が決めた時、自分が使うと
息子が言い出し、再び3階へ。階段の幅ギリギリの移動はいつも大騒ぎ
今回も2つの階段で数箇所の傷と壁紙のはがれが・・(笑)いつもうるさい
鬼ママの私が、その怒りをおさえて我慢したのは、誰よりもおばあちゃんに
優しかった息子の「おばあちゃんの椅子を捨てたくない」という気持ちが
わかったから・・。所狭しとモノがあふれる息子の部屋じゃとても無理・・と
思いながらも、おばあちゃんの最後の思いを大切に残そうとしている息子の
気持ちが嬉しかったからなんですね・・。身動きもとれないのでは?という
くらい狭くなった部屋で、おばあちゃんの椅子に座ってパソコンに向かう
息子の姿は、目には見えない何かを母が残してくれた証にも見えます。

留守の間に、勝手に部屋に入って写真を撮ったことがバレたら・・
息子はきっと怒る・・足の踏み場もないほどすごかったし・・(笑)
DSCF1900.jpg



* Category : 我が家の記録
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* by チーズママ
おばあちゃんの椅子・・・良かったですね♪
うちも先日、似たような事があったんですよ^0^
・・・亡き父が母と一緒に家具屋サンを巡って購入した座卓。
引越ししたあと置く場所に困っていたけれど、母はどうも捨てられない。父と一緒に選んだ事。私たち娘の事あるお祝いなどで使った座卓。傷も思い出だと・・・とうとう捨てる気になって粗大ごみの手配をしたものの、どうしても思いが残っているようなので、「ジャ私が持って帰って主人の実家で私が大きなお家に住めるまで保管しといて貰うよ。」と譲り受ける事になりました。(いつになるかは不明だけど・・・)
寂しいけれど・・・もう居ない・・・と思うと余計に思い出があって捨てられませんよね。我が家には置く場所もないのに、母の父との思い出の想いを考えると粗大ごみにはできませんでした。
お母様の希望した快適な椅子。それを一生懸命に捜し求めた娘。そしてその思いを残しておきたい孫。。本当にあったかい♪
うちの息子もそんなあったかい子に育ってくれるように願います♪

心が温まりました * by みえ
こんにちは♪
亡くなられたお母様は物凄い闘病生活を送られていたのですね。
私の母も私が中学1年の夏に、胃がんでこの世を去りました。
私の場合、母の病名も亡くなって数年してから教えてもらったり、まだ幼いから何も母にはしてあげれませんでした。
子供の頃の私からしたら、病名を教えてくれればもっと母と一緒にすごす時間をもっとつくったり、我がままを言って困らせたりしなかったのに…。それに何一つ親孝行らしきものが出来なかったと今でも物凄く悔やまれてなりません。
息子さんは本当に心の優しい、立派なお子さんに育てられたのですね。今のご時世、子供の犯罪が多い中、心が「ホッ!」としました。
亡くなられたお母様の思い出を大事にしていって下さいね。

お母様は喜んでいらっしゃいますよ * by パンドラ
miyuさんもひとりっこでいらっしゃると思っていましたが、お兄様がいらして、若くてお亡くなりになられたのですね。
人生の半分を病との闘いに費やしていらしたお母様は、子供さんの死という辛い現実とも向き合っていらしたのですね。
miyuさんはおひとりで、お父様、お母様を支えていらして、どんなにか大変だったと胸が一杯です。
でも、お孫さんのmiyuさんの息子さんはそういうお母様のお姿をちゃんと見ていらっしゃいましたね。
みえさんもおっしゃっていますが、私も12才の時に実母を亡くして、何の看病もできなかったことを悔やみました。
でも、だから、継母にその分も尽くせるかと言うと、やっぱり、目の前の今、自分に出来るだけの事しか出来ないのですよ。
でも、それでもいいや・・・自分としてできる精一杯のことであれば・・と思ったりしています。
miyuさんのお話、衝撃的でした。

チーズママさんへ * by miyu
お母様の思いを察して座卓を引き受けた「優しいお嬢様」ですね(笑)
私と母は実は「捨て魔」(笑)父が亡くなって間もなく、気持ちの切り替え!
と遺品をバンバン捨てて「新しいスタートを!」って・・(笑)
今でも暇になると、捨てるものを探して家の中を片付け始める私(母の遺伝子)
そんな私が捨てられなかった椅子ですから、息子の申し出には、実は・・
心のどこかでホッとしていたかも・・感謝しています(笑)

みえさんへ * by miyu
中学生でお母様を・・どんなにつらかっただろうとお察しします。
私は、時には「自分ばっかり・・」「母に縛られて・・」などと
介護するわが身の不自由さを恨んだり哀れんだりしたこともありますが
今となっては、自分にも子供達にも幸せなことだったと感謝しています
何もできなかったという悔いは、大変だったという以上につらくて
悲しいかもしれませんね・・。でも、みえさんのお母様は喜んでいますよ
幼い子を残していく母の気持ちほど、つらいものはないでしょう
そのわが子が「もっと何かできたのに・・」「親孝行したかったのに・・」と
慕ってくれる気持ちを持ち続けていてくれる、何よりの親孝行ですよ。
こんな優しいみえさんに育ったことが、お母様の生きた証ですからね

パンドラさんへ * by miyu
5年の間に父、母、兄の順で逝ったので、とりあえず年齢順と言うか・・(笑)
子供が先に逝くというつらさだけは両親は知らずに済んで良かったです。
特に兄は交通事故なので、両親がすでに亡くなっていて良かったと思いましたね
余談ですが、我が家がこの家に引越してきた日、それが兄の命日です。
電話もはずして連絡もつかず、私が兄の死を知ったのは通夜の日という・・
運命というか、人生には不幸な偶然やいろんなことが起こるのだなあ・・と
私はずっと、親に縛られて、親のそばにいるために生まれてきたのだと
自分をかわいそうだと思ったり、不幸だと恨んだりもしましたが
パンドラさんのご苦労を知って、自分は甘いなあと反省しました。
不謹慎だけど、父が癌になったとき、それまでずっと不安だった
「父の身体が丈夫でボケられたら、病気の母もいるし2人もどうやってみよう」
という重たい宿題から解放されたような気持ちにさえなったのです。
そんなバチあたりなことを考えたから、あっけないほど続けて家族を
失ってしまったのかと後悔したことも・・。だけど、少なくとも
その時その時に、自分がこれでいいと思える努力はしたつもりなので
今は良かったと思っています。パンドラさんの足元にも及ばないほどの
努力と苦労ですが・・。だから、どうか無理をしないで、それで十分ですよ、と
いつもいつもあなたに言いたくて仕方なくなるのですね(笑)
こんな私でも、これで良かったと思えるのですから、ご自分の人生や心を
犠牲にするほど悩んだり苦労しないでほしいなと・・。どんな決断も選択も
その時に「こうしよう」とパンドラさんが思ったのなら、それが1番良いことで
間違ってはいないと信じてほしいです。長々と偉そうに語ってしまいましたが
パンドラさんのご両親は本当にお幸せだと思いますよ、ご本人たちが
どう感じているかは別にして・・(ごめんなさい)


分ります * by ビショップのマミー
読んでて涙がこぼれてしまいました。息子さん本当に優しいですね。
居なくなってしまった人や動物の形見って、魂が宿ってるんでしょうね。というよりも、宿ってて欲しいと思うのが人間なのでしょうね。
全てが無になるのではない。思い出の中で生きてるのなら、その思い出を思い出させてくれる物や家具は唯一の証しですよね。

ビショップのマミーさんへ * by miyu
読んで下さってありがとう。
心の中に思い出はいつまでも残るけれど、それでも形のあるものには
マミーさんのおっしゃるとおり魂や、その時の気持ちが込められているのかも・・
ビショップちゃんはいかがですか?元気にしてますか?
こちらは桜が満開で、何だか幸せな気分になれそうな春がすぐそこです。
マミーさんとビショップちゃんにも、幸せな春の訪れでありますように・・♪

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