12345678910111213141516171819202122232425262728
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
* Category : スポンサー広告
Comment : (-) * Trackback : (-) |
6月13日
ラブままさんから寄せられた、ラブちゃんのクッシングとの闘いの記録を
ご紹介します。改行などの編集はさせていただきましたが、ラブままさんの
様々な思いがこめられた文章ですので、私は、そのままの形で皆さんに
読んで欲しいと思いました。今日のこのブログは「クッシング ラブ」です。
正直な気持ち、お仲間の壮絶とも言える最期の様子を、このような形で
そのままご紹介することを少し悩みました。個々によって様々な病状が
考えられるクッシングですから、どんな最期になるかもそれぞれですし
参考というより、読んだ方が、将来を悲観したり絶望感を持ってしまったら
せっかくお知らせくださったラブままさんのお気持ちまで無駄にしてしまう
ことになるのではないかと・・。だけど、今までこのようなご報告を何度か
いただいた私は、こういう現実にも絶望することはなかったし、希望だって
捨ててはいません。頑張ったお仲間の闘いの様子を知ることで得たものが
モモの闘病を支える私の力になってくれたと思っています。なので・・・

ラブは多分クッシングの典型的な症状だったと思います。
実は、5月18日に虹の橋に旅立ってしまいました。13歳と4ヶ月でした。     
治療を始めて1年って、長かった? 短かった?
もっと違う選択があった?と、いろいろと考えます。
miyuさんの参考にはならないかもしれませんが、ラブの経過をお知らせします。
ラブは4年位前からぽっこりお腹がありました。でも、毎年ワクチン、フィラリアで
通ってる病院からは、「太りすぎ!ダイエット!」と言われるだけでした。
(私も何の疑いもなく・・・・) 1年半位前から、何となく元気がない、
散歩も途中で立ちすくむ事が多くなり、歳とったなぁと思っていました。
そして1年前、突然後ろ足が立たなくなりました。 この時違う病院に行き、
クッシングを疑われ大学病院を紹介されました。
足は、この病院でもらったステロイド剤3日分でほとんど良くなりました。
その後、大学病院で血液検査、レントゲン、エコー。  
ALPが3206、GPTが386でした。後日ACTH検査で、前13.7 後54.4 でした。
その後デキサメサゾン負荷試験をして下垂体に異状のあるクッシングと
診断されました。 そして、1日1回のデソパン10mg服用。
(これって、miyuさんの調べた体重の割合に対する薬の量と比べると、
随分少ないですね。ラブは5.2kgでしたから。) しばらくすると元気になりました。  
その後も特別変化もなく、 数字も安定していたので、薬の量もこのままで。
でも、多飲多尿、食欲大盛、ビール腹、暑がり、薄毛、荒い呼吸、乳頭症は
相変わらずでした。10月に、ガァガァと言うひどい咳が止まらないので、
気管虚脱?と思い、大学病院へ。 レントゲン検査で「気管が曲がってる」
「何かで圧迫されてる?腫瘍?」・・・・でも、のどは危険だから
詳しい検査はできないと言われ、咳止め、抗生剤をもらいました。
3日間飲んでも効き目がないのでまた病院へ。
薬は飲まずに 様子をみることに。幸い日に日に良くなってきました。
この頃、肝臓あたりに500円玉位にしこりがありました。でも、私達家族は
積極的な治療はしないと考えていました。 抗がん剤も使わないと。

それからずっと安定していたのですが、肝臓のしこりは少しずつ大きく
なっていました。 それで、外科の先生に診てもらうことになりました。
肝臓の腫瘍は大、中、小と3個位。大きいのはこぶし大との事。
「このままだと内臓を圧迫して苦しくなるだろう」
「幸い大きいのは肝臓の外側で取りやすいから手術を進める」と、先生。
私 「クッシングである事、年令を考えて、だいじょうぶですか?」
先生 「きちんと検査するから大丈夫でしょう。」
私 「考えさせて下さい」・・このままだと内臓が圧迫されて苦しむことになる。  
でも、本当に手術は大丈夫? 家族で悩みました。セカンドオピニオン!!!
他の病院に相談してみようと、ご近所のワンちゃん達に評判の
救急病院も持つ外科手術も得意なT病院へ行き、今までの経過を説明し、
手術を迷ってることを話しました。 「僕だったら、しない!」 「肝臓は
出血しやすいし、クッシング、年令を考えたら手術台で死なせる事になるかも」
「エコーに映っていない腫瘍があるかもしれないし、肝臓の腫瘍を取っても
どこか他の腫瘍が急成長する可能性もある」と、言われました。
でもこの時、「ほっといたらどうなるんですか?」とは聞けませんでした。
危険な手術はしたくない。 痛い思いはさせたくない。 1日でも離れたくない。
・・・・・この思いで手術はしないことにしました。 でも、この頃からだんだん
食が細くなり、便も少しずつ軟らかいのを何回も絞り出すように。
そして、5月15日、目もあまり見えていないのか、足もふらつき、立てなくなり、
16日には全く食べなくなり。16日の夕方からは、どこか痛いのか鳴きだしました。
大学病院は閉まっているのでT病院へ。「どこが痛いのか、脳の腫瘍か、
体が動かないから不安で鳴いているのか、わからない」と言われました。   
でも、こんなに鳴いているのに・・・・どうにかしてほしい。
私「鎮痛剤を下さい」 先生「モルヒネは出せないけど・・」 と、3回分の鎮痛剤を。
でも、効いているのかいないのか、 その夜、2時間置きには鳴き、眠っていない。
外が明るくなるのが待ち遠しくて、待ち遠しくて・・早く病院が開いてくれないかと。
そして、朝1番に診てもらい、鎮痛剤と抗生剤の注射をしてもらい、 倍の量の
鎮痛飲み薬をいただきました。 針のついていない注射器で口に入れるけど、
飲み込めていない? 全然薬が効いていない感じ。
病院に電話して、「素人の私が注射してもいいですか?」と頼み、
皮下注射だから大丈夫だろうということで注射を主人に取りに行ってもらいました。
最初は効いてた感じもしたのですが、・・・・この日も長い一日でした。
明日もこんなに苦しむんだったら・・・先生に楽にしてもらおうか・・・・ 
安楽死を真剣に考えました。 そして、18日日曜日。
主人と息子はこの日に限って仕事でした。 朝からずっと鳴いてる。  
何もしてやれず、ずっと撫でて、早く楽にして下さいと祈るしかありませんでした。
そして、午後2時25分、逝ってしまいました。

クッシング、・・・憎いです。

でも、この病気のおかげでこの1年、明日逝っても後悔しないようにつきあってきた。
ラブは4日間辛い痛い思いをしただろうけど、最後まで一緒にいれた。
ラブはお母さんっ子だったから、私がいないと夜も眠れないだろうし、
散歩もできないから、私より先に逝ってくれて、よかった。
私の母も、86歳で1人暮らし。今は元気だけど、私しか診る人がいないから、
実家に帰ることも多くなるだろうし・・とか、いろいろ考えると、
親孝行な子だったと思います。 今では涙なしで思いで話ができるようになりました。
でも昼間一人で家に居る時が寂しいです。 外から帰った時、
お帰り!って居ないのが寂しくて、写真を抱いて ヨシ、ヨシして落ち着きます。

「13年間ありがとう」です。






* Category : 闘病の記録2008.中期
* Comment : (6) * Trackback : (0) * |

勇気をもらいました。 * by naco★
うなずきながら読んでしまいました。
1年以上後回しにしてきたあーちゃんの足跡、残したいと気持ちばかりでしたが
私に足りなかった勇気を今、ラブちゃんとラブママさんもらいました。
ラブちゃん、あーちゃんと同じく、デカヨーキーちゃん♪だったんですね(^0^)
虹の橋で、もう遊んでるかな?

...卒業したワン子達、いい子でよくがんばったよね(^^)
ママ達、そして家族の方も本当に精一杯頑張ったと思います(^^)
このような記事を読むと、いつも我が事の様に涙があふれます。
同時に、よしっ!と、気の引き締まる思いも湧いてきます。
今、頑張っているワン子達やママ達に向けたエールかな?
大変な場面もあると思いますが、一日一日を笑顔で過ごせます様に。

* by チーズママ
私もうんうん・・・と思いながら読ませていただきました。
チーズは今は大きく健康上に問題ないですが?・・必ず老いも訪れます。前犬のポギ君は、半年ほどの闘病でしたが、とても長かったように感じます。私が無知で何もしてあげれなくて長かった・・・。
後悔しないように今日を大切にしよう!とまた、緩んでいる生活に渇いれます。
頑張っているワンコ&わんママさん、一緒の時間を大切に、穏やかに過ごせます様に。

お久しぶりです。 * by いちえ
miyuさん その節は色々と大変お世話になりました。
いつも読ませていただき コメントは出来ないでいましたが 
モモちゃんにも毎回癒されています。有難うございます。

ラブママさんのコメントを読ませていただき 我が家のハッピーの旅立ちの時を思い出し どうしてもコメントしたくなりました。
ハッピーは クッシングと診断された時は もう大分体が弱っていた為 私としては とにかく楽にさせたくて投薬を開始してしまいました。ハッピーにとって それが一番良い判断と思ったのですが・・・
結局 投薬を始めて一週間も経たずに 薬の副作用か肺の方に水が溜まってしまい肺水腫になり 三日間 苦しくて身の置き所も無いように「ウ~ウ~」と うめき声をあげ苦しみぬいて逝ってしまいました。
あのまま投薬もしないで ゆっくり最後を迎えさせた方がどんなに ハッピーにとって良かったか もっと大きな動物病院に行っていたら 治療の方法も違っていたのでは?とか 自問自答を何度も繰り返しながら泣き続けました。 
どちらにしても私の病気への勉強不足が 引き起こした悲しい結果だったと3ヶ月近く 後悔とハッピーが居なくなった悲しみに明け暮れました。
 
miyuさんのお宅と同じように お店をやっていますが店を開業して3年間 ハッピーも看板犬として接客での大事な仕事をして 日に日にランチも忙しくなって来ていました。
それなので 立てなくなっても店の中に居させようと私が居る場所の隣にワゴンを置きその上に寝かせておくようにしました。 
お客様もそのワゴンを覗きながら「頑張れよ!」と声をかけてくれたりしていました。
亡くなる前の二日間は店を休みにして店の座敷に寝かせ 私は酸素をハッピーの口にあてながら側にずーっといましたが2月14日午後1時 ハッピーの最後は壮絶な死との戦いでした。
現在 私の部屋の小さい箱の中で静かに寝ています。

ハッピーが私の側から居なくなって3ヶ月近くなった時 PCでペットを亡くして同じ気持ちの人達の話を読んでいる時 保護犬の里親探しサイトを見つけ 何気に見たら ハッピーに似たワンコを見つけました。その時は見ただけだったのですが どうしても気になり里親として応募したのですが その仔はとっても人気があり 到底私に決まるとは思いませんでした。
それが・・とっても嬉しい事にお見合いを経て私のところに来てくれました。
現在 2代目ハッピーとして店で頑張って接客してくれ売り上げに貢献してくれています。
私は きっとハッピーが毎晩泣き暮らしているお母さんが可哀想で 自分の身代わりに 保護犬のけんけんを合わせてくれたのだと思いました。毎朝毎晩ハッピーに手を合わせ いつもハッピーの事を忘れた事はありません。そして毎日必ず誰れかがハッピーの話をしています。それはこれからもずーと同じだと思います。本当に ラブママさんと同じように私もハッピーに「12年間一緒に居てくれて ありがとう!」と感謝したいと思います。

因みに けんけんは現在7・8歳だそうです。どんなに長生きしても後10年位でしょう 私が先に逝くか けんけんが先か判りませんが 欲を言えば けんけんを見送ってから私は逝きたいですね! 其れまでは少しでも一緒に居られるようにしたいと思っています。
長くなってしまい 申し訳ありませんでした。  

今は元気に虹の橋で * by みえ
miyuさん、こんにちは。
ラブママさん、はじめまして。

クッシング・ラブと言うタイトルを初め見た時、クッシングとうまく付き合っていこう的なタイトルだと思いました。
だけど読んでみると、ラブちゃんと言うクッシングと戦ったワンちゃんのお話だったんですね。
最後まで大好きなママと一緒にいた事、ラブちゃんにとっては安心できたかと思います。
不安な病室で亡くなるより、安心できるお家が一番ですよね。
ラブちゃんにとって何が一番良かったのかとか、色々と悩んで今まで過ごしてきたと思います。
でもラブママさんが選択してきた事がラブちゃんにとって一番良かったことだと私は思います。
今頃は苦しい思いもなく、虹の橋を渡って元気に走り回っているかも知れませんね。

* by Meg
クッシング症は免疫力が低下するので二次的に
様々な病気の発症を誘発すると聞かされました。

高齢ですとさらに危険ですね。

スクに悪性の癌が見つかった時、アメリカのブリーダーさん
に検査結果(英文)のコピーを送りました。再発率50%
と知って、これから彼女が癌で苦しむかもしれないと
酷くショックを受けていたのを思い出します。遠く離れて
いるから尚更心配だったのでしょう。

ラブちゃんは頑張ったのですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。

皆様へ * by miyu
naco★さん、チーズママさん、いちえさん、みえさん、Megさん
これはラブちゃんの記録なので、私がコメントのお返事をして良いものか
色々迷ってしまい遅くなりました、ごめんなさいね。
あたたかいコメントの数々、本当にありがとうございます。
皆様のお言葉も含め、読んで下さる方の参考になると思います。
こうやって言葉をかけあうことのできるご縁に感謝致します、ありがとう。

コメント







管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。